湯元ホテルのお知らせ

ミヤマキリシマツツジが満開をむかえています。

湯元ホテルから、車で5分の宝原園地で、5万本のミヤマキリシマツツジが満開です。

遊歩道も整備されており、ゆったりと散歩を楽しめます。遊歩道を進むと小高い丘の上に展望所もあり、晴れた日には、諏訪の池を見下ろしたり、天草諸島も見る事が出来ます。

ゴルフ場近くの池の原園地も満開、仁田峠も見ごろを迎えました。

今年は、例年より少し早い見ごろを迎えています。

 

 

春の雲仙仁田峠プレミアムナイトが開催

これまで、夏期・秋期のみの開催でしたが、この度たくさんのご要望のお答えして、

ミヤマキリシマが見頃の今年5月に初開催いたします☆

この、雲仙仁田峠プレミアムナイトは、1956年(昭和31年)仁田峠循環線開通以降、
夜間の通行が禁止されている仁田峠へ皆様をご招待。

当プログラムだけに通行を許可された、特別なツアーです。

妙見岳山頂付近にある展望台1300mの高さから360度見渡せる満天の星空と、
眼下に広がる有明海と天草と島原の夜景を一望できます。

雲仙仁田峠プレミアムナイト

プレミアムナイトの詳細はこちらから

島原半島ジオパークーその1-

今日も青空が広がっています。昨日の気温は21度まで上昇し、かなり暖かくなってきました。日差しもかなり強くなって、ついこの間までは体を温めるために日差しを使っていましたが、昨日は日陰に避難している自分に気付き、時の流れの速さをつくづく感じる今日この頃です。
(はじまりはじまり)
さて、島原半島は2009年8に洞爺湖有珠山、糸魚川とともに日本初の世界ジオパークネットワークへの加盟が認定されました。島原半島ジオパークのテーマは自然との共存です。
つまり、ユネスコの世界ジオパークネットワークによって認められた、島原半島の火山活動によって生まれた、世界でも珍しい独特な自然環境と、それに関わる歴史と文化が面白いので世界中の沢山の人に訪ねて欲しいと地域と解釈できます。
それでは何が面白いのかを書こうと思ったのですが、息切れしてきたので・・・・。
(その2に続く)

雲仙国立公園の話

毎日良いお天気が続いております。昨日は佐賀県や久留米市では気温が29度まで上がったとのニュースが報じられていました。今年は夏が早く来そうな予感がします。
雲仙は最初の国立公園です。意外に知られていないのは国立公園になるための条件です。国立公園になるための条件は、海と山が同時に見えることだそうです。
雲仙の火山群から噴出する溶岩にケイ素を多く含んでいるため、溶岩ドームが固まると急峻な山になります。従って展望が良く、海と山が同時に見えるという条件を満たすことが出来ました。
それでは、何のために国立公園の指定がなされたのでしょうか?
当初の目的は、外国人観光客を誘致して、外貨を獲得するために、公園を整備する目的地として、国立公園の指定をしたそうです。
もともと雲仙は、明治時代から上海航路を使っていた外国人を受け入れていた実績があり、外国人観光客と全国民の投票によって、日本第一号の国立公園になりました。
現在日本は国を挙げて、観光立国を目指しておりますが、すでに1934年に雲仙国立公園が誕生しておりますので、約80年前の日本で、規模は小さいながら、同じように観光への取り組みが行われていたことになります。

すごすぎる!ーその4-

本日も良い天気です。太陽の日差しが日に日に強くなっていくのを感じます。
(その4)
”その3”では、千々石の棚田について書きましたが、実は南串山町には棚畑があります。この地域の人達も急斜面を切り開いて畑を作っていらっしゃいます。
雲仙から車で約15分ほど国道57号線を小浜方面に下っていくと、左手にグリーンロードが見えてきます。このグリーンロードを更に15分ほど車で走ると、南串山町の棚畑を見ることができます。
谷底から山沿いに広がる棚畑は絶景です。棚畑を作り上げた人々の苦労とこれを維持して行こうと奮闘されている人々の凄さが胸に迫ってきます。
千々石町上岳の棚田米と南串山町のジャガイモは機会があれば、是非お買い求めください。
(おしまい)

すごすぎる!-その3-

雲仙湯元ホテルは、標高700mの所にあります。庭の日当たりの良い場所にあるツツジは、小さな花を咲かせ始めました。山笑うと言いますが、山の彼方此方(あちこち)に新緑が映え、山が若返り、とてもウキウキして今にも踊りだしそうに見えます。
(その2より)
さて突然ですが、大きなスコップを使って穴掘りをしたことがありますか?穴掘りをしている時に石にスコップが当たり、石の周辺を掘ってその石を取り除こうとしたとき、ほんの45立方センチメートルの石でも、相当頑張らなければ人力で取り除くことは難しいと感じられると思います。
私は雲仙温泉から車で5分ほど下った千々石町の上岳というところで、ボランティアで森林整備や公園造りをしている、”温泉四季の岳”というグループに参加しています。このグループで公園に紅葉を植える作業でスコップで穴掘りをしていたときに石に当たってしまい、たったひとつの石を取り除くため大汗をかき、やっと石を取り除き、息が切れてあたりを見回した時、周辺に広がる棚田が目に入りました。
急峻な斜面に僅かな田圃を作るために、私が掘り出したより何倍も大きな石を数メートルも積み上げ石垣を組んでありました。場所によっては、田圃より石垣の面積が広いところがあります。あまりの凄さに私の周りの時間が止まりました。
機械や自動車が無い時代、人や牛馬によって自分達が飢える事無く生き残るため、そして自分の子供たちが飢える事無く生き残るため、眩暈がするほど膨大な時間をかけ積み上げられた石垣。その石垣の隙間を埋めるため、粘土を詰め土を盛り、やっと僅かな耕作地や田圃が出来上がるのです。
親しい農家のおかみさんが、私共のホテルで配膳の仕事をされています。ある時、そのおかみさんが、「うちの子供達は、いっちょん農作業ば手伝わん(全然農作業を手伝おうとしない)。仕事とおもとるけん手伝わん(仕事と思っているから手伝わない。)」と話していらしたので、「仕事ではないなら、何ですか?」と私がきくと、「生きることたい。」と返事が返ってきました。
この短い会話の中には、先祖が自分達のために命がけで耕してきた、畑や田圃を守り抜こうとする人の、強い気持ちが込めれれていると思いました。
加えて、直ぐに結果を求めてしまったり、自分の事しか考えず感謝の心が足りない小さな私を、心から反省させられました。
生きることは、次の命を思いやりながら繋ぐこと、命を継いだ人は先祖に感謝しながら、また次の命を思いやりながら繋いでゆくという、何百年にも渡って繰り返されてきた事実。歴史に残ることの無い、偉大な人々の営みを、千々石の棚田に観ることが出来ます。
(その4に続く)

すごすぎる!ーその2-

本日も朝から穏やかな一日が始まっています。ホテルの中庭にある椿の花の間を一匹の野鳥(名前分かりません。)が春の日を楽しむかのように、飛び回っています。今年はツツジが咲くのが例年より早くなるのか、もう蕾が色づき今にも開花しそうな気配を感じています。
(その1より続く)
地獄谷と言えば、この世で悪いことをした人が死後の世界で苦しみを受ける場所である、地獄をイメージする名称になっています。
雲仙温泉が嘗て仏教の修行の山であった時代には、お坊さんが信者さんを伴って地獄を巡り、この様な場所があの世にある地獄であると説明ていたそうです。ですから、地獄にも名前がつけられており、大罪を犯した人達が送られる大叫喚地獄や、悪いことを考える人達が送られる邪見地獄といった名称を持つ場所があります。(詳しくは”生きているお経”を参照してください。)
そんな地獄谷ですが、良く良く観察すると通常は生き物が生存できない、強い酸性の温泉が混入した川のすぐそばに、ツクシテンツキやカヤが生えており、そこから少し離れたところにツツジやその仲間であるシャシャンボやシロドウダンが、さらに離れた所には赤松が生えています。
これらの植物は、酸性に強い植物であり、また太陽の光が大好きな植物です。環境の良いところでは、大きな木が育つため、太陽の光が届きにくくなり、育つことが出来なくなるのです。(詳しくは https://www.shinrin-ringyou.com/shinrin_seitai/seni.php 森林・林業の学習館を参照されると良いと思います。)
つまり、地獄谷の植物を良く観察すると、時には数百年かけて形成される森の成り立ちを見ることが出来る貴重な場所であり、裸地から森林へと変化する過程いを一目で見ることが出来、まるでタイムマシンに乗っているような体験が出来るのです。(「夏休みの研究課題としては、大変面白いのでお子様連れの方は是非お越しくださいませ。」と宣伝を入れてみました。女将今日は仕事してますよ~!)ついでに書いておきますが、沼から森林への過程も雲仙温泉にある原生沼を観察することでみることが出来ます。
さて、ちょっと硬い話になりますが、全ての生命は与えられた環境に精一杯適応し生きています。自分だけが何でこんなに辛いのかと考えていらっしゃる方、それぞれの環境で精一杯生きている命を見れば、自分も頑張ってみようと思うファイトが湧いてくるかもしれませんよ。
(その3に続く)

すごすぎる!-その1-

今朝は穏やかな朝日が射し、青空が本当に綺麗です。
山桜は花を散らしましたが、冬場はしらじらとしていた幹が、黒味を帯びてつやつやと日の光に輝き、さくらんぼの実をつけるための準備を始めています。
(はじまりはじまり)
さて、今回は”すごすぎる!”というタイトルを付け、雲仙温泉と周辺の”すごすぎる”を紹介したいと考えています。
①地球の活動を体感できる地獄谷
雲仙温泉は山に囲まれた土地です。西は絹笠山、東には矢岳がそびえています。
また、西の絹笠山と雲仙温泉の境には、面積約1.2haの原生沼があります。この原生沼の沼野植物群落(しょうやしょくぶつぐんらく )は国の天然記念物に指定されています。また、九州では数少ないカキツバタの野生地のでもあります。植物学者でもあられた昭和天皇も、コケ類の採取に雲仙を訪れられたことがあります。
この原生沼は、元々地獄谷があったところで、その地獄の活動が止まった場所に水が溜まって池となり、土砂が堆積し沼となったものです。
原生沼の地獄の活動が止まった後、その活動は旧八幡地獄に移り、さらに旧八幡地獄が活動を弱め、東の矢岳のふもとに在る現在の地獄谷へと移動しています。
雲仙温泉は、人々が暮らす直ぐ傍で、何万年?何千年?何百年?かをかけて、地獄谷が移動して行った跡を見ることが出来る、日本でも貴重な場所であり、日本初である、ユネスコが指定する島原半島ジオパークの中心部にあります。
余談ですが、ユネスコの調査員の方達が、地獄の活動が続いている地域に、人が住んでいることが信じられないと話されていたそうです。(縄文時代の石器や鏃が温泉街の周辺で見つかっていますので、有史前から人が住んでいたことになります。)
(その2に続く)

いよいよです。

今朝は昨日からの雨も止みましたが、霧が出てしまいました。
御出立をされるお客様が、安全でお帰りになられますようお祈りいたしております。
皆様ご存じのこととは思いますが老婆心ながら、霧の中での運転は、①突然の飛び出しに備えて、スピードを出し過ぎないこと、②対向車に位置を知らせるため、ヘッドライトを必ず点灯することの2点を守ることが大切です。
ときどき霧が出ているのに、かなりのスピードでかつ点灯もしないで走っている方がいらっしゃいますが、過信は事故のもとでございますよ。
さて、旧ホームページに掲載致しておりました記事の投稿が、昨日をもちまして終わってしまいましたので、いよいよ新しい内容の投稿を始めなければならなくなりました。どぎゃんしたらよかとやろかい!(どうしたら良いんだろう!)
とりあえず、明日から行き当たりばったりで書き綴ろうと思っています
本日はこれまで。

宮崎康平先生ーその3-

雲仙は本日雨模様です。自分のイメージの中にある春の雨、少し暖かな、雨音のしない、何となく艶めかしさのある、子供の頃の訳もなく浮き浮きとしていたころの、そんな雨が今降っています。

(その2より続く)
しかし、ある日突然、そんな父が、失明された宮崎先生を連れて、帰って来たそうです。
母が驚いて父に、どうするつもりかと尋ねますと、「地獄谷ば介添えもなく、一人でフラフラしよらしたとたい(していらしたのだ)。宮崎さんが元気かときは、 世話になったり、恩ば受けたりしとった人間は、一杯おったとに(沢山いたのに)、 失明さしたら(されたら)誰も面倒ばみらんとたい(面倒をみようとしない)」と父は心から憤慨していたそうです。そして、他の人間がどうあろうとも、「オイ(私)が家で世話ばするとたい(湯元で世話をするのだ)。」と語ったそうです。
私は後で知ったことですが、宮崎先生が失明されたとき【昭和天皇が島原半島をご訪問される準備をするため、毎日徹夜が続き、それが原因であったと聞いている。】、多額の借金を持っておられ、乳飲み子を置いたまま、 奥様に逃げられ、最悪の状態だったそうです。
ある日、父は母に「宮崎さんはかわいそか(可哀相だ)」と話し出しました。
その日は、借金取りが宮崎先生に、返済の催促にきておりまして、 さすがの宮崎先生も、布団に頭を突っ込み、「きこえん(聞こえない)。きこえん(聞こえない)」と、 言われていたそうです。その頃の話をする時、母は必ず涙ぐみます。 あの元気で明るい宮崎先生に、そんな時期があったなんて、私には不思議な気がいたします。
しかし宮崎先生は、最悪の事態にもめげない、不屈の男でした。 湯元に滞在中は父と共に、二度目の奥様と巡り合われてからは奥様と、 島原半島の歴史と島原弁を調べ上げ、とうとう大ヒット作、島原の子守唄を作られたのです。
また、姉の話によりますと、まぼろしの邪馬台国は、湯元で書き上げられ、 第一回吉川英治賞を受賞されました。
(おわり)
本文に無かった部分は【 】で書き加えております。

もう亡くなってしまいましたが、私を可愛がってくださった叔父の話では、ある日借金取りが来たときに(その借金取り宮崎康平先生の顔を知らなかったそうです。)、宮崎康平先生がたまたま玄関におられ、「今日はどっかに(どこかに)出かけちょらす(出かけていらっしゃる)。」と言われて、借金取りを帰らせたそうです。これをみていた叔父は、「おかしゅうして(可笑しくて)はらのちぎるっごたった(お腹が張り裂けそうになった)」と語っておりました。先生はやっぱり面白か~!!!